メアリーの部屋

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象はチェスをしない

「知には身体が必要不可欠である」あるいは「知は身体性を有する」という概念があります。つまり「知は体に依存する」ということなのでしょうか、体抜きの知は論じられないとする考えが、人工知能の分野では、「身体性」として語られるます。

当初の人工知能の研究では、身体性はあまり重要視されていなかったようで、人工知能はソフトウェアで実現できるという考えだったようです。しかしながら、いわゆる人工知能の難問とされるフレーム問題や記号設置問題(シンボルグラウンディング問題)などの行き詰まりの中で、「身体性がなければ、本来の知能は得られな。」「身体性の無いコンピュータは決して人間に勝てない」ということが言われるようになってきました。

MITコンピュータ科学・人工知能研究所の所長で掃除ロボットの生みの親の一人でもあるロドニー・アレン・ブルックス(Rodney Allen Brooks)氏は、「表象なき知能」や「Elephants Don’t Play Chess(象はチェスをしない)」といった奇妙なタイトルの論文等で、人工知能には身体が必須との考えを提唱しました。
東京大学への合格をめざす「東ロボくん」が、東大挑戦をあきらめた大きいな理由は、「意味の理解」にあるとのことですが、これも身体性とか関わる問題なのかもしれません。

身体性は必要ない?

このようなことから、人工知能研究でのディープラーニングのブレイクスルーは、次の段階として実世界での身体性へと進展するというのが順序として考えられています。ディープラーニングとロボットとのかかわりの領域が次なる段階ということです。

ところが一方で、身体性を考えなくても、Googleの翻訳の精度が格段に向上したことなど例にして、大量の映像や言語などのデータから概念の獲得や意味理解ができるようになり、前述のフレーム問題やシンボルクラウディング問題といったことを解決できるようになるのではないかという考えもあるようです。

このような概念の獲得に実世界の身体が必要かどうかという命題には、「メアリーの部屋」という有名な思考実験があります。

メアリーの部屋

「メアリーの部屋」は、オーストラリアの哲学者フランク・ジャクソンが「Epiphenomenal Qualia(随伴現象的クオリア)」(1982年)と「What Mary Didn’t Know(メアリーが知らなかったこと)」(1986年)で提案した哲学的思考実験で、物理主義(※1)の持つ理論的な問題点を指摘する内容の思考実験です。内容は次のようなことです。

聡明で資格に関する神経生理学を専門科学者メアリーは、なんらかの事情により、白黒の部屋に閉じこもり、白黒のテレビ画面を通してのみ世界を調査している。我々が熟したトマトや晴れた空を見るときに何が起きているのかを知り、「赤い」や「青い」という言葉を使用するためにどの波長の組み合わせが網膜を刺激するのか、そしてそれが中枢神経を介して声帯の刺激や肺からの空気の排出を正確に生成することなど、彼女はありとあらゆることを知り尽くしている。色について、彼女が知らない物理的、化学的、神経生理学的な事象はない。彼女が白黒の部屋から解放されたり、テレビがカラーになったとき、何が起こるだろう。彼女は何か新しいことを知るだろうか?

(Epiphenomenal Qualia ttp://www.sfu.ca/~jillmc/JacksonfromJStore.pdf より)

(What Mary Didn Know http://home.sandiego.edu/~baber/analytic/Jackson.pdf より)

こんな思考実験です。つまり、メアリーは色について知らないことはないが、色を経験したことのない科学者です。そんな彼女が色を経験すると、彼女は何か新しいことを学ぶのだろうか?というわけです。

フランク・ジャクソンは、「彼女は世界と視覚体験について何かを学ぶことは明らかである。しかし、そうすると、彼女の以前の知識が不完全であったことは避けられない。だが、彼女はすべての身体情報を持っていた。それゆえ、物理的情報以外にも獲得されるべきものが存在し、物理主義は誤っていることになる。」とし、メアリーは色彩の知覚の「クオリア(※2)」を知らないそれゆえ物理的情報以外にも知られるべきものが存在することになるとしました。

先の身体性に話を戻せば、記号処理だけでの知は、すべての概念・意味理解には到達できないということになるようです。
さて、今後の人工知能研究はどのように進展していくのでしょうか?

(※1)物理主義は、あらゆるものは物理的現象はすべて物理学的理論によって説明できるという哲学的立場のことです。
(※2)クオリア(Qualia)は、日本語では感覚質とも呼ばれています。感覚的経験に伴う独特の質感を表す概念です。

 

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