トロッコ問題

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trolley_004以前、ロボット法学会設立の準備が進められていることを取り上げましたが、なかなかその準備が難航しているようです。報道によれば、法律では解決できない倫理問題が持ち込まれたことで、ロボット業界関係の反発を招いたとのことですが、どうも、法律家の立場で議論を深めるための例題に、自動運転車の「トロッコ問題」と自律型ロボによる事故の責任問題を挙げたことが原因のようです。

 

(Yahooニュースhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160123-00010001-newswitch-sctch より)

トロッコ問題

トロッコ問題(trolley problem)はフィリッパ・フット(※1)という哲学者が提起した倫理学の思考実験です。いくつかパターンがあるようですが、要約すれば、

「線路を走るトロッコが制御不能で止まることができなくなり、その先には5人の作業員がいてそのままでは死んでしまう。かといって途中で分岐して進路を変えると、その先には一人の作業員がいて、彼は死んでしまう。」という状況下で、人はどう判断し、行動を選択すべきか。

という問題です。

進路を変えずに5人が死亡する代わりに1人を助けるのか、進路を変えて1人が死亡する代わりに5人を助けるのかというというどちらかの選択肢を選ぶことになりますが、勝手な解釈をすれば、最大多数の最大幸福が道徳的と言えるかどうかということだろうと思います。

数の問題なら一人の犠牲で5人の命が助かる方が仕方がないと思えるかもしれませんが、フットによれば、

一人の無実の男を群衆につき出せば、彼はリンチに死ぬかもしれないが暴動は収まる。しかし、匿えば、暴動によって5人が命を落とすというとき、多くの人はたとえ暴動で5人が命を落としても無実の男を匿うことを正しい判断とする。

という例を出して、トロッコ問題での判断の矛盾をついています。

(※1)フィリッパ・ルース・フット(Philippa Ruth Foot)はイギリスの哲学者で、1920年に生まれ2010年に亡くなっています。

 

このようなトロッコ問題を自動運転にあてはめ、たとえば、自動車が突然制御不能になり、このまま直進すれば5人の子供を引いてしまう。ハンドルを切れば、崖から転落して運転手と同乗者が死んでしまう。あるいは、車がそのまま進めば老人を轢き、ハンドルを切れば子どもを轢くというどうしても事故が避けられない場合、老人を助けるのか子どもを助けるのか。自動運転のシステムはどう対処すべきなのかという大きなジレンマを伴った問題が提起されます。

さらに、先の問題の場合、5人の子供を助けるようにシステムが判断するようにした場合、おそらく自動運転のクルマを買う人が少なくなるかもしれません。そうするとこれまで同様に交通事故が減らないという結果にもなってしまいます。

先に述べたロボット法学会の設立が少々滞っているのは、どうもこうした問題設定が自動運転の開発を進める技術者から批判されたようです。ことはそう単純な二者択一ではないということなのかもしれません。

ある調査によれば、「被害者を最小限にするように全自動運転カーはプログラムされるべきという考えが支持されたが、自分は全自動運転カーを運転したくない」という矛盾した解答が多かったようです。それだけ、この問題は難しいということなのでしょう。

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(http://frenchandamericans.blogspot.jp/2014/12/moralities-of-everyday-life-how-gut.html より)

 

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