BRAIN initiative(ブレイン・イニシアティブ)

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ブレイン・イニシアティブ

BRAIN initiativeの「BRAIN」 は「Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologiesの略であり、「アポロ計画」「ヒトゲノム計画」に匹敵する巨大科学プロジェクトとして2013年にオバマ大統領が発表したビッグサイエンス計画です。計画は、技術革新を基盤として脳のネットワークの全体像を解明すること、つまり人がどのように考え、学習し、記憶するかなど、脳の部位ごとの役割を解明し、「脳マップ」を作成することで、脳の働きの全容解明を目指すということが骨子となっています。

BRAINイニシアチブを主導するのは、国立衛生研究所(NIH)、国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)、国立科学財団(NSF)の3機関で、企業や民間の研究所と協力して進めることになっています。また、予算については、、2016年から10年間に亘って45億ドルを拠出するとなっており、年間拠出額は、2016~2020年度は最高4億ドル、2020~2025年度は5億ドルとしています。

国立衛生研究所(NIH)が提示しているBRAINイニシアティブの優先的科学目標として、

① 健康・疾病時における役割を特定するために、異なる種類の脳細胞の特定と実験アクセスの提供

② シナプスから脳全体への神経回路図を様々な分解能で作成

③ 神経活動の大規模監視法の開発・応用による、機能している脳の動画作成

④ 神経回路のダイナミクスを変更する精密な介入ツールを用いた脳活動と行動の関連付け

⑤ 新たな理論・データ分析ツールの開発を通じて、精神機能の生物学的基本を理解するための概念的基礎の構築

⑥ ヒトの脳とその生涯治療法を理解するためのイノベーティブな技術の開発と、総合的脳研究ネットワークの設立・支援

⑦ 健康・疾病時において、神経活動の動的パターンがどのように認識・感情・知覚・行動に転換されるかを発見するために、他の目標達成を進める中で生まれた新技術と概念的アプローチの統合

の7点を挙げています。

また、2015年度のアメリカの科学予算を見てみると、BRAINイニシアティブに関して国立衛生研究所(NIH)、国防高等研究計画局(DARPA)、国立科学財団(NSF)は次のような予算額と目標を掲げています。

NIH(国立衛生研究所)

ブレイン・イニシアティブ支援のため神経科学研究計画に1億ドル

アルツハイマー病、自閉症、統合失調症治療のための新手法開発を目指す

脳回路を図式化するツールや回路内の活動のパターンを計測するツール、認識能力や行動能力が創り出される背景などの研究を推進

 

DARPA(国防高等研究計画局)

ブレイン・イニシアティブに8000万ドル

病気・怪我の負担軽減のために新技術に基づく可能性を追求。データ処理や画像・先端分析を支援

NSF(国立科学財団)

認知科学・神経科学に2900万ドル、うちブレイン・イニシアティブに2000万ドル

健康的な脳がどのように機能するかを調べる概念的・物理的ツールを開発。思考・記憶・行動などがどのように脳から生み出されるかを総合的に理解するツールの開発に焦点

(独立行政法人 科学技術振興機構 「米国:2015年度大統領予算教書における研究開発予算の概要」より)

BRAINイニシアティブ立ち上げの背景

アメリカでは1990年代にDecade of the Brain(脳の10年)と呼ばれるプロジェクトがありました。また、その後も多額の予算が脳研究につぎ込まれてきました。そうした背景の上で、近年の情報科学技術の発達により、大規模なデータを集め、保存、整理、分析、活用するということが容易になってきたことや、fMRI(※1)やオプトジェネティックス(※2)、fNIRS(※3)などの革新的な技術の発明などによって、脳の「見える化」が進み、「脳マップ」の完成が現実味のある研究となってきたということが背景としてあるように思います。

さらに、オバマ大統領が「ヒトゲノム計画への1ドルの投資が、140ドルになった」と指摘したように、医療、創薬といった分野への応用はもちろんのこと、脳の仕組みが分かってくれば知的なコンピューター「人工知能」を作り出すことにつながると言われています。例えば、人間の脳は2.5 ペタバイトの容量を持っていると言われており、脳神経の一部が死滅しても異なる通路を使ってデータを取り出すことができるなど、優れたデータの取扱いができるようになっています。脳の125 兆におよぶシナプスを調べ、どのようにデータを保存し、取り出す仕組みとなっているか解明することで、現在のコンピューターとは異なるデータの取扱いが可能となるかもしれません。 こうした周辺分野への波及効果が期待できるということも背景としてあります。そもそもこのプロジェクトを実現するには、生物医学系だけでなく、情報技術、工学、物理、化学、数学などあらゆる科学の最先端の技術が必要となり、そうした科学の進歩を促すことにもなり、引いてはアメリカの科学技術、そしてそれを背景とする産業の強化にもつながってきます。

こうした様々な要因と思惑が背景を背景としてBRAINイニシアティブが立ち上がってきたのだろうと思います。

 

(※1)fMR(I Functional MRI=磁気共鳴機能画像法)

MRI(Magnetic resonance imaging=核磁気共鳴画像法)を改良したもので、リアルタイムで脳内の状態を映像として見ることが可能です。

(※2)遺伝子にコードした蛍光色素を使って神経活動を可視化する手法で、この方法を用いると、ニューロン同士の接続や特定のニューロン集団の機能を“見る”だけでなく光のスイッチを切り換えて、ニューロンを遠隔操作することもできます。具体的には、ノーベル化学賞を受賞した下村脩博士の発見した緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子に手を加えて、神経伝達物質や電圧、カルシウム濃度などの変化を検出できる光感受性タンパク質を作り、これらの分子をニューロンに組み込んで光を発する分子センサーとして用いることで、神経ネットワーク内の情報処理を追いかけるというものです。

(※3)fNIRS(Functional near-infrared spectroscopy=近赤外光脳機能イメージング装置)

頭の表面から光を当てることで、脳内に流れる血液量の変化を計測して脳表面の活動状態を「見える化」する技術です。具体的には、血液のなかに含まれるヘモグロビンの鉄分量を測定します。脳表面上の活動状態しか測定できませんが、fMRIより安価な手法です。

 

脳の解明を目指すその他のプロジェクト

〇 SyNAPSE

アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)による研究プロジェクトで、2008年からはじまったもので少なくとも2016年まで続きます。究極の目標は、電子回路によって、人間の脳と同じ体積、機能、消費エネルギーをもつシステムを構築することにあります。具体的は、2リットル以下の体積の中に1,000 億個のニューロンと、100 兆個のシナプスを格納し、1キロワットしか消費しないシステムを作ることです。

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(http://www.wired.com/2011/08/ibm-synapse-cognitive-computer/ より)

 

〇Blue Brain Project

スイスのローザンヌにあるスイス連邦工科大学の脳精神研究所(Brain and Mind Institute)を率いるヘンリー・マークラム(Henry Markram)が中心となり、2005年にIBMと始めた共同研究プロジェクトです。スーパーコンピューター上にバーチャル脳を作製し、最終的には分子レベルで構築することを目標としたプロジェクトでラットの皮膚カラム(約1万個のニューロン)を再現しています。

〇The Human Brain Project

Blue Brain Projectの後継としてEUが2013年に立ち上げたプロジェクトで、遺伝子や分子、細胞レベルの情報を元に、人間の認知や行動を神経学的に解明することや脳疾患の客観的な診断技術を開発し、根底にある疾患のメカニズムを理解し、新たな治療法の発見速度を上げること、そして、脳回路や脳の構造を参考にした新たな演算装置やロボットの開発を目指しています。

しかしこのプロジェクト、現在の神経科学で判明している知見を超えた不確かな部分があり、見直しのないままに進めれば資金の無駄遣いになるリスクが大きいとか欧州委員会に提出した計画書が非現実的だとして多くの科学者が参加をボイコットするといったトラブルが起きています。

〇Human Connectome Project

米国立衛生研究所(NIH)が2009年から5カ年計画で、300組の双子を含む計1,200人の健康人の脳をスキャンし、脳内領域間の神経回路の接続状態の違いや、それによる認知や行動への現れ方などを調べた研究です。

 

〇革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト

日本のプロジェクトで、マーモセット(霊長類)の脳回路の全体像を明らかにし、ヒトでの精神活動や脳疾患と関連する神経活動の理解につなげることを目標としています。ホームページには目的を次のように述べています。

近年、分子生物学や遺伝子操作技術等の進展による脳のミクロレベルでの解析が飛躍的に進みつつあると同時に、脳画像やイメージング技術の進展により、様々な精神活動とその異常を脳のマクロ的な構造と機能に結びつけて理解することが可能になりつつあります。しかしながら、これらの独立した解析のみでは、精神・神経疾患の克服につながるヒトの高次脳機能の解明には至らないことが明らかになりつつあり、脳の本質的な理解を進める上での大きなボトルネックとなっています。

「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」は、神経細胞がどのように神経回路を形成し、どのように情報処理を行うことによって、全体性の高い脳の機能を実現しているかについて、我が国が強みを持つ技術を生かして、その全容を明らかにし、精神・神経疾患の克服につながるヒトの高次脳機能の解明のための基盤を構築することを目的として実施します。(http://brainminds.jp/overview/objectives より)

さしあたってどんなことに応用できるのか

応用脳科学コンソーシアム(※3)のホームページでは次のような脳研究の応用が述べられています。

・消費者の嗜好や感性を明らかにしてマーケティング活動(ニューロマーケティング)

・感性価値を向上させた商品・サービス等の開発

・脳を模倣した人工知能・半導体の開発

・脳活動の情報を利用して外部機器を制御するブレインマシン

・無意識を意識化させるニューロフィードバック技術を用いたリハビリテーション装置の開発

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(応用脳科学コンソーシアムhttp://www.keieiken.co.jp/can/about/businessimpact.html より)

(※3)応用脳科学コンソーシアム(CAN : Consortium for Applied Neuroscience)は、異業種の民間企業と異分野の研究者が一堂に会し、脳科学及びその関連領域の最新の研究知見を基盤に、「研究開発」「人材育成」「人材交流及び啓発」に取り組む、オープンイノベーションモデルのコンソーシアムです。事務局は(株)NTTデータ経営研究所内にあります。

 

 

2件のコメント

  1. 「2リットル以下の体積の中に100 億個のニューロンと、」

    「2リットル以下の体積の中に1,000 億個のニューロンと、」

    100 billion = 1,000 億

    1. ご指摘をありがとうございます。http://www.wired.com/2011/08/ibm-synapse-cognitive-computer/ の原文では確かに100billionとなっていますので、1,000億が正しいですね。本文を修正いたしました。

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